「アスリートのメンタルヘルス」に直面した萩野公介さんのメッセージ「自分の幸せを考えるべき」

引用元:日刊スポーツ
「アスリートのメンタルヘルス」に直面した萩野公介さんのメッセージ「自分の幸せを考えるべき」

 「人は幸せになるために生まれてきた」

 10月10日の「世界メンタルヘルスデー」は、さまざまなイベントが行われた。

 16年リオデジャネイロオリンピック(五輪)競泳男子400メートル個人メドレー金メダリスト萩野公介さん(28)が登壇するイベントがあった。「デジタル時代のメンタルヘルス~誰もが心の健康を手に入れるために~」と題されたパネルディスカッションだった。

 萩野さんはこう言う。

 「僕は人は幸せになるために生まれてきたと思っている。それが根底にある」

 萩野さんは21年東京五輪を最後に現役を引退した。

 栄光に包まれたリオ五輪後は苦闘の連続だった。

 右肘の手術などもあって、理想とする泳ぎが体現できない。レースに対する不安から、練習のパフォーマンスを試合でなかなか発揮できなかった。19年には「モチベーションの低下」を理由として3カ月の休養も経験している。

 当時まだ一般的ではなかった「アスリートのメンタルヘルス」に直面していた。

 現役時代につらさについて、こう説明する。

 「僕は先天的に争い事に向いていない性格だった。『こいつを蹴落として絶対1番になってやる!』。そう思ったことが1度もない。あんなふうに思えたらいいなと思ったけど、思えなかった。最近は自分が持って生まれた性格は、後天的な経験(水泳)をへても変わらなかった、自分の軸となる部分だったんだと思う」

 子どものころから「神童」と呼ばれ、全国大会で優勝しても、自己ベストでなければうれしくない。周囲に褒められることもない。

 「もともとしんどい気持ちはずっとあった」。

 金メダリストとして周囲が期待する姿。そして「強くあらねば」と自分自身に課した理想の姿。

 練習の虫だった萩野さんの場合、強くあらねば、という気持ちは、自分を追い込む猛練習につながった。負荷の高いトレーニングで「絶対安静10日間」で入院したケースもあった。

 勝って当たり前、負ければクローズアップされる。

 争い事に向かない自分と、世界一の競争を勝ち抜いた自分。

 五輪金メダリストとして常人には想像できないプレッシャーだっただろう。

 そんな日々を過ごした萩野さんが、SNSがあふれる現代で、考えていることがある。

 「今の世の中、幸せの尺度が外を向いている。心が貧しくなっていくんじゃないか。誰かの評価のために生きているとか。それって違うんじゃないか。外への矢印じゃなくて、自分の幸せを考えるべき」。

 萩野さんのつらさは、現役を引退してすべて解決するわけではない。

 「現役の時は現役で、引退後は引退後で、つらさはある。そんな状況でも悩み続ける。そんな自分でもいいと。自分にうそをつかずに。1つ1つの選択を自分の心で選んでいきたい。皆さんにも一瞬一瞬、自分を大切にして、選択してもらいたい。それが幸せにつながる」

 萩野さんは今年4月から日体大大学院で「スポーツ人類学」を学ぶ。「なぜ人はスポーツをするのか」という根源的な問いに対する答えを探している。また「チームブリヂストン・アスリート・アンバサダー」としての顔も持っている。

 現役を終えても、探求を続ける萩野さん。自分の経験が誰かの役にたつのであればと、発信を続けている。【益田一弘】

 ◆益田一弘(ますだ・かずひろ)広島市出身、00年入社。五輪取材は14年ソチ、16年リオデジャネイロ、18年平昌を経験して、21年東京は五輪担当キャップとして取材した。大学時代はボクシング部。全日本選手権出場も初戦敗退。アマ戦績は21勝(17KO)8敗。

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