レガシー次代に引き継ぐため 「全盲スイマー」木村敬一が走る

引用元:産経新聞
レガシー次代に引き継ぐため 「全盲スイマー」木村敬一が走る

「全盲のスイマー」として知られる東京パラリンピックの競泳金メダリスト、木村敬一(32)=東京ガス=が、16日に行われる東京レガシーハーフマラソン(国立競技場発着)に出場する。水の中とは勝手が違う重力のある世界。水の王者があえて「走る」に挑むのはなぜ? 「スポーツが、どんな人も社会とつながるきっかけになるから」と答えは明快だ。風を切る足取りも軽やかに、木村が秋の都心をゆく。(森田景史)

有明アリーナ(東京都江東区)で5日に行われたラントレーニングは、初心者を思わせる走りではなかった。体の上下動はわずか。伴走者と自身をつなぐバンドは滑らかな軌跡を描き、あっという間に遠景の中へと消えていく。スピードに乗った足の運びには、無理も無駄もない。

「意識したのは歩幅です。狭くすることで、余計な動きがなくなることに気づきました」

レガシーハーフマラソンは、東京パラ開催から1年を記念して行われる。出場の打診を受け、木村が本格的な練習を始めたのは8月末。挑戦を支えるスポーツ用品メーカー大手のアシックスジャパンから、コーチや伴走者の派遣を受けてはいるが、打てば響く感度の良さが木村にあったからこそ、短期間でフォームを作り上げることができた。

これまでの練習で最も長く走ったのは15キロという。国立競技場を出て折り返し地点のある日本橋まで、本番のコースも一度、踏んでいる。「いやあ、遠かったですよ。びっくりした。完走のイメージ…。まあ、行くしかないですね」。実測では、日本橋の折り返し地点は全行程の半分に満たない。コース終盤には長い上り坂も控えている。完走の可否はレース当日の自分の足に、自分の胸に問うてみなければ分からない。

木村には、なまなかな予備知識も経験もない。全身が余白、全身が耳。「僕には伸びしろしかないので」と低姿勢で助言を受け入れた。コーチの森川優さんは(34)は驚きを眉にたたえて「本来、ハーフマラソンは1カ月半で仕上げるものではない。信じられない進歩」。伴走を務める福成忠さん(52)も声は賛美一色だ。「こちらのアドバイスをきれいに顕著に再現してくれるので、フォーム作りに関しては大変と思うことが一つもなかった」

マラソンランナーとして長足の進歩を遂げたこのひと月余り、本業の競泳でも一切手を抜いていない。ジャパンパラ大会(9月17~19日、横浜市)では、男子50メートル自由形(視覚障害)で大会記録を出した。11月12、13日の日本パラ水泳選手権(長野市)にも予定通り出場するつもり。

昨年夏、遠い彼岸にあったパラリンピックの金メダルを、4度目の出場でやっと手に入れた。「何をするにも、『金を取るため』という尺度でした物事を考えられなかった」という道のりは、競技者のあり方として不健全だったという。悲願をかなえたことで人生の余白が広がり、視界が開けるのを感じた。

「スポーツの盛り上がりをどうにか継続していきたいと、選手の一人として思っていた。レガシーハーフマラソンの話をいただき、選手として関われるのは、こうして体を動かして参加していくこと。盛り上がりを継続していくためにも頑張ろうと思った」。パラアスリートの奮戦に日本中が共鳴した東京パラの13日間を、ひと夏かぎりの熱狂で終わらせたくない。純粋な一念が次の一歩を決断させた。

「自分が楽しめるものを持っている人が多い社会は、健全な社会だと思う」と木村はいう。障害の有無に関わりなく、人と社会を結びつけてくれるもの。最も身近で、誰を傷つけることもない最もさわやかな手段がスポーツだ、と。

競泳とマラソン。体の使い方に関しては全くベクトルの異なる2つの競技を掛け持つようになってから、木村の口元には白いものが光るようになった。ラントレーニングに汗する姿を折に触れ報道陣に公開し、インタビューにも丁寧に応じている。「話すことがいっぱいあるんですよ。発見があるから」。全身を帆にして、水の中では感じたことのない風や重力を受け止める経験は未知の刺激をもたらし、足裏から広がる筋肉痛にも充足感を覚えるという。

「オリ・パラが終わって1年がたっても、僕は選手をやっているし、『体を動かすのっていいな』と思うんです。元気なうちは、いろいろと挑戦してみたい。なんか老後みたいなことを言ってますね」。5日のラントレを終えた後、疲労の色をにじませながらも、からっとした笑い声を響かせた。

木村にとっては「泳ぐ」も「走る」も人生を豊かにするための手段だ。水の中を進むひとかきか、アスファルトを踏みしめる一歩かの違いでしかない。自身の挑戦が日本を前に進ませるためのバトンになれば-。いまはそんな願いを胸に、16日の号砲を待っている。

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