「山内流」発祥200年、日本水泳連盟が認める「日本泳法13流派」の一つ

 大分県臼杵市に伝わる日本泳法「山内流」発祥200年を記念する企画展示「受け継がれる古式泳法、200年の歩み」が市歴史資料館で開かれている。文献や絵図、パネルなど50点を通し、山内流と臼杵のつながりを振り返っている。10月3日まで。(堀伸一郎) 山内流は、江戸時代後期の1822年(文政5年)、伊予松山藩士だった山内勝重が浪人となり、赴いた臼杵で、藩士の稲川清記へ伝授した。夏季に市内に「游泳所」が開設されるなど、泳法は現在でも受け継がれ、日本水泳連盟が認める日本泳法13流派の一つに数えられる。 展示されている「山内流諏訪渡(すわわたり)絵巻物」には、幕末の1866年(慶応2年)に臼杵藩士が隊を組み、武具などを海面に出して海を渡る様子が描かれている。明治~昭和期の旧制臼杵中学教諭で、山内流の師範も務めた志村弘氏に関する資料、写真、新聞の切り抜きも並ぶ。 また、臼杵高出身の五輪(競泳、水球)出場選手らも紹介。山内流指導者の西水克己さんが昨年の東京五輪聖火リレーで臼杵川を泳いだ際のトーチも見ることができる。 油布博明館長(64)は「山内流が原点となり、水泳が盛んな臼杵という地域が生まれた」と話した。

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