「50歳で五輪に出たい」元ソフト“女大魔神”髙山樹里がナチュラルリュージュに託す夢

「50歳で五輪に出たい」元ソフト“女大魔神”髙山樹里がナチュラルリュージュに託す夢

女子ソフトボール・日本代表のエースとして、アトランタ、シドニー、アテネと五輪3大会連続出場をはたした髙山樹里(45)。ピンチにも動じない力強いピッチングから「女大魔神」の異名をとり、銀(シドニー)、銅(アテネ)、2つのメダル獲得の原動力となった。そんな彼女は今、まったく違うフィールドでオリンピックを目指す戦いを続けていた。

ソフト界で行き場を失った“女大魔神”

日本ソフトボール界のエースであり象徴といえば〝鉄腕〟上野由岐子の名が浮かぶが、その上野が台頭する以前、エースとして君臨していたのが髙山樹里だった。

ストイックで優等生的なイメージの上野とは対照的なキャラクター。一度見たら忘れられない、日本の〝おっかさん〟を思わせるぽっちゃり体型。だから今も町を歩いていると、「髙山さんですか」とよく声を掛けられるという。

「練習と取材はあんまり好きじゃない」と公言し、チームメイトとも群れない。オリンピックのような大舞台になるほど力を発揮する勝負師的性格。そして、ひとたび口を開けば忖度なしの本音トーク。そんな気性だけに、周囲との軋轢も少なくはなく、04年のアテネ五輪後、日本代表を外れた。

「あまりにも(代表の)セレクションが杜撰だったんで。書類選考で落とされたんですよ。アテネの時のチーム編成は、希望者全員を選考合宿に呼んで、100人以上の選手を監督が自分の目で見て決めていたんです。私たちシドニー出場組も、一度まっさらな状態から選ばれた。それが、紙だけで『あなたはいりません』って。ふざけてますよ」

髙山はソフトボール協会に公式に異議申し立てをするが認められなかった。

シドニー五輪から日本代表を指揮した宇津木妙子監督は、アクの強い選手の扱いが上手い、いわば「猛獣使い」で、髙山とも深い信頼関係を築いていた。宇津木が退任し、新たな代表のスタッフが、髙山を扱いにくいと考えたとしても無理はない。

所属チームには当時、米国代表のエース投手がいて、髙山は登板機会が限られていた。移籍を希望しても、敵にしたら厄介な存在なだけに、認められなかった。

ソフトボール界で行き場を失った髙山の元に、突然、思わぬオファーが届く。冬季競技のボブスレーから、日本代表のセレクションへの参加要請だった。

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