中国・王軍霞の世界記録を生んだのは「犬のシチュー」か、それとも禁止薬物だったのか【日本女子マラソン「光と影」】

中国・王軍霞の世界記録を生んだのは「犬のシチュー」か、それとも禁止薬物だったのか【日本女子マラソン「光と影」】

【日本女子マラソン「光と影」】#8

 1993年に中国全国運動会で王軍霞が1万メートルで出した29分31秒78という記録は今でも世界歴代4位だ(現在の世界記録は29分1秒03)。当時は女子が1万メートルで30分を切ることなど想像すらできなかった。

 その事実を新聞の見出しで見て、詳細が知りたくて電車を降りたが田舎の駅で売店はない。公衆電話から会社へ電話をしてラップを聞くと、ラスト3000メートルを8分17秒台と聞いて、また驚いた。T・カザンキナ(旧ソ連)の3000メートルの世界記録(8分22秒62)を上回るハイペースだったからだ。

 同大会で中国選手が女子の1万、3000、1500メートルの世界記録を更新したことで、海抜2300メートルの高地で1日40キロ以上走るトレーニングや彼女たちが飲んでいるといわれる犬のシチューや鶏スープが注目され「あのスープに禁止薬物が入っているはずだ」と、ここでも疑惑の目が向けられた。

 馬俊仁監督率いる馬軍団は冬虫夏草入りのすっぽんスープも飲んでいたと聞き、2002年ごろ、中国・昆明の合宿中に現地で材料を買い、同じスープを作って選手に飲ませたこともあるが、効果のほどはわからなかった。ちなみに、陸連は馬軍団の練習に選手派遣を決めたが実現しなかった。

 王は93年4月の天津マラソンで2時間24分7秒をマーク。当時の日本記録より2分以上も速い記録で走り、1万メートルの世界記録を出すと「次の目標はマラソン」と宣言。85年ロンドンでI・クリスチャンセン(ノルウェー)が出した2時間21分6秒の世界最高記録を「必ず破る」と豪語した。日本人が世界で戦うにはマラソンしかないと思い始めていた頃で、すごい強敵が現れたと思った。

 夏季五輪招致を目指す中国は、94年に広島アジア大会で競泳チームの組織的なドーピングが発覚。イメージ回復のため、ドーピング撲滅の方針を掲げ、00年シドニー五輪代表から馬軍団の選手を外し、やがて彼女たちは陸上界から消えていった。

■関係者の爆弾発言

 野口みずきが北京五輪代表に選出された08年春、顔見知りだった中国の陸上関係者に会った。

「監督、野口さんは連続でメダルが取れるね」というから「06年アジア大会優勝の周春秀や白雪(05年アジア陸上大会1万メートル優勝)などもおるし、そう簡単にはいかないわ」と返したところ、「大丈夫。中国はみんな薬だから」と、仰天発言を聞いた。母国の陸上界に詳しいこの関係者が「中国選手はみんな薬をやっている」と言うのだから、にわかには信じ難い話だった。やはり馬軍団の選手たちは薬漬けだったのかもしれない。

 76年モントリオール五輪を見据え、日本陸連の帖佐寛章強化委員長から「一度勉強に行け」と言われ、74年の北欧遠征に研修コーチとして同行した。国立競技場がアンツーカー(赤土)から全天候型トラックになったのは前年のことだが、陸上が盛んな北欧やバルト海を挟んだポーランドでは、田舎町の競技場も全天候型トラックだった。現地の大会は気温が下がり記録が出やすい夜に行われ、遠征中の40日間に5つの世界記録を目の当たりにし、陸上人生で最大のカルチャーショックを受けた。同時に、教え子をこんな大会に連れていきたいと思った。この体験がなければ、おそらく指導者を続けていなかっただろう。指導者こそ積極的に海外へ出て行き、強い選手を間近で見るべきだ。(おわり)

(藤田信之/日本実業団陸上競技連合顧問)

タイトルとURLをコピーしました