自転車・梶原悠未、バイクで事故死の宮崎集さんを悼む 親友の訃報に涙「話せるならいっぱい話したいことが…」 

引用元:スポーツ報知
自転車・梶原悠未、バイクで事故死の宮崎集さんを悼む 親友の訃報に涙「話せるならいっぱい話したいことが…」 

 昨夏東京五輪の自転車トラック種目・オムニアムで銀メダルを獲得した梶原悠未が29日、茨城県内で取材に応じ、27日にフランスでのトライアスロンのバイク練習中に、自動車との接触事故で亡くなった宮崎集(つどい、享年25)さんを悼んだ。

 梶原と宮崎さんは、筑波大時代の同級生。大学の講義は隣同士で受け、それぞれトライアスロンと自転車競技で切磋琢磨(せっさたくま)し合う仲だったという。バイクや水泳の練習を一緒に行う事も多かったという親友の突然の訃報に、「本当にまだ、受け入れられていない」と梶原。目に涙を浮かべながら「すごく優しくて、本当にいつも笑顔で努力をしていた」と語った。

 驚きと悲しみに暮れる中、梶原には後悔もあるという。大学卒業後も、互いに連絡を取り合っていたという2人。ただ「大学卒業してからも応援していたのに、『応援している』って言うことを伝えられてなかった」。共に24年パリ五輪での活躍を夢見る仲だったが「一緒にパリに行こうね、って伝えなかったことを後悔して。いつか伝わる、じゃダメなんだなって感じた」と明かした。

 宮崎さんは26日に自身のインスタグラムで、スペインで行われたトライアスロンW杯で50位だったことを写真や動画と共に投稿していた。梶原も26日まで、スイスを拠点にロードレース大会に参加するなど、欧州での武者修行に励んでいた。宮崎さんの投稿には「いいね」を押したという梶原。ただ「『いいね』じゃなくて、コメントをしたら、電話をしたら…私も同じように、スイスで戦えていないという苦しさを味わっていたので、集ちゃんとその思いを共有できたのかなって。なんでその話しをしなかったのかなって、すごく悔しい」と、大粒の涙がこぼれた。

 スイスから帰国した梶原。「当たり前じゃない。たくさんの人のサポートに感謝しないといけない」と、再認識した。自身の周囲の人には昨日、日頃の感謝の思いや自身の感情も全て、包み隠さず伝えたという。「本当に、話せるならいっぱい話したいことがある」という親友の無念も胸に、今は自分の出来る事を尽くす。梶原は「パリにも集ちゃんを連れて行ってあげたい。集ちゃんと、パリの表彰台の真ん中からの景色をみたいと、強く思いました」と、必死に前を向いた。報知新聞社

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