【世界陸上】北口 女子やり投げ日本勢初の銅メダル!泣いた笑った…ラスト1投で逆転

【世界陸上】北口 女子やり投げ日本勢初の銅メダル!泣いた笑った…ラスト1投で逆転

 ◇陸上・世界選手権第8日(2022年7月22日 米オレゴン州ユージン・ヘイワードフィールド)

 女子やり投げ決勝が行われ、日本記録保持者の北口榛花(はるか、24=JAL)が最終6投目に63メートル27をマークして、逆転で銅メダルを獲得した。女子の投てき種目としては五輪を含めた世界大会で日本勢初の表彰台。今大会の日本女子主将が選手団3個目のメダルを獲得し、24年パリ五輪の優勝候補に名乗りを上げた。

 笑顔がトレードマークの北口が、人目をはばからず泣いた。女子投てき種目で、日本勢初となる世界大会のメダル。「凄くうれしい。世界ユースで優勝してから、また世界(のトップ)に戻ってこられた」。チェコ人のセケラク・コーチ、ともに戦った選手たちと熱い抱擁を交わし、日の丸の国旗を背負って場内を一周した。

 メダルの行方は二転三転した。1投目で62メートル07を出して3位につけたが、その後は記録を伸ばせず、5投目を終えて5位。「乗り越えないといけない局面だった。高校時代は6投目が強かったので、その時の気持ちを思い出して投げた」。迎えたラスト。力強く放つと、電光掲示に「63メートル27」が記された。土壇場での逆転。4位との差は、実に、わずか2センチだった。

 世界ユースを制したのは高校3年時。だが、日大入学後は急きょコーチが不在となったこともあって苦しんだ。「大学2年ぐらいからは、世界に行かないといけないプレッシャーと、自分の投てきがかみ合わなかった」。19年、わらにもすがる思いで、欧州の講習会で出会ったセケラク氏にコーチを依頼。単身でチェコへ渡り、師弟関係が始まった。

 二人三脚で迎えた昨夏の東京五輪。57年ぶりの決勝進出を決めたまでは良かったが、左脇腹痛を発症して12位に終わった。大会後、医師には「場合によっては競技生命を脅かす可能性もある」と告げられるほどの重症だった。3カ月も競技から離れたが、その間も待っていてくれたのがコーチ。今年2月からは再びチェコで練習を重ねた。

 今大会、入賞を目標に掲げていた中で手にした銅メダル。来年の世界陸上ブダペスト大会、そして2年後のパリ五輪へと期待は膨らむ。「入賞を目指して、こうやってメダルを獲れた。同じように獲り続けて、最終的には一番良い色のメダルを獲れるようにしたい」。最高の輝きを追い求める挑戦は、ここから始まる。

 【北口 榛花(きたぐち・はるか)】

 ☆生まれとサイズ 1998年(平10)3月16日生まれ、北海道旭川市出身の24歳。1メートル79、86キロ。

 ☆名前の由来 パティシエの父・幸平さんが、ヘーゼルナッツが採れる落葉低木の榛(はしばみ)から採用。日本陸連には「榛花」を「棒花」と表記ミスされる悲しい?過去も。

 ☆経歴 北海道教大旭川中―旭川東高―日大。現在はJAL所属。

 ☆競技歴 3歳で水泳を始め、小1で始めたバドミントンでは小6時に団体戦で全国優勝。水泳に専念する予定だった旭川東高で陸上部顧問の松橋昌巳先生に誘われ、陸上を始める。高1秋から陸上に専念。

 ☆実績 高3時に15年世界ユース選手権優勝、全国高校総体2連覇。日大進学後、19年に2度の日本新記録をマーク。昨夏の東京五輪は決勝進出も12位だった。

 ☆スイーツ好き 競技の合間にカステラなどで栄養補給することも。思い出の味「榛のエクレア」「北口家の昔ながらのカスタードプリン」は幸平さんが勤めるアートホテル旭川で販売。

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