<パリの燦歩道>東京パラは「人生初の挫折」 イルカ目指す16歳、さらなる飛躍へ

引用元:毎日新聞
<パリの燦歩道>東京パラは「人生初の挫折」 イルカ目指す16歳、さらなる飛躍へ

 イルカを目指す少年は、母国開催の夢舞台で二つのことを同時に経験した。「目標の達成」と「人生最初の挫折」だ。2021年に開催された東京パラリンピックの競泳男子50メートルバタフライ(運動機能障害S5)で決勝に進出し、7位に入った日向(ひなた)楓(16)=宮前ドルフィン=は「決勝まで行けたのは良かったが、実力不足を感じた。自分の課題を知ることができたので、今後の練習に生かしたい」。経験と学びを胸に、その視線は2年後のパリ大会をしっかりと捉えている。【高野裕士】

 昨年8月27日、東京アクアティクスセンターでの50メートルバタフライ決勝。スタート直後の光景が、日向の目に今も焼き付いている。「飛び込んだ後に少し泳いで、前を見たらもう中国の選手はいなかった」。その選手とは、隣のレーンを泳いで銀メダルを獲得した王李超(28)。フィニッシュ後に電光掲示板に表示されたタイムを見上げると、王の31秒81は、自分の37秒24よりも5秒半近く速かった。レース序盤から、世界との差を突きつけられた。

 生まれつき両腕のない両上肢欠損で、2学年上の兄・葵さん(19)の影響で小学1年から水泳を始めた。全身を波打つようにしならせ、姿勢が安定しやすいように横を向いて呼吸する。母のさやかさん(38)によると、明朗快活で根っからの負けず嫌いだ。

 50メートルバタフライで43秒42の日本新記録を出したのは19年3月。その後も記録はぐんぐん伸びた。東京パラの代表最終選考の場になった21年5月のジャパンパラ大会では35秒78をマーク。派遣基準記録には0秒64及ばなかったものの、代表の座をつかんだ。約2年で8秒近くタイムを縮める順風満帆な成長ぶり。日本パラ水泳連盟の若手選手強化策で指導を受ける吉井純コーチから「君は挫折した方がいい」と言われるほどだった。

 だが、人生で縁のなかった「挫折」はその最高峰の舞台で待っていた。「一番の『目標』がパラリンピックに出ることだった。(代表選手に)選ばれて気が抜けてしまっていた」

 兆候は大会前からあった。パラリンピック前の6、7月に臨んだレースでは36秒01、36秒29、36秒72と、徐々にタイムを落としていた。そしていよいよ迎えた東京パラの舞台で、予選レースは37秒80。ギリギリの8位で予選は通過したが、決勝での泳ぎも自己ベストには全く及ばなかった。「足と上半身の動きがバラバラでまとまりがなく、ぐちゃぐちゃな泳ぎだった」。地元・横浜市の水族館で見たのをきっかけに追い求める「イルカの滑らかな泳ぎ」からは程遠かった。

 競技人生で初めて、しかもこれ以上ない大舞台で直面した停滞だった。パラリンピック後は「本当にショックで、『もう泳ぎたくない』という気持ちだった」。だが、結果には向き合わざるを得ない。大会終了後のミーティングで、日本代表の岸本太一コーチから「次の大会で自己ベストを絶対に出そう」と背中を押された。

 9月上旬には練習を再開。最初は「強制的に連れて行かれた」と振り返るように、水泳に対しなかなか気持ちが前を向かなかった。その一方、根っからの負けず嫌いな性格も顔を出した。練習を始めてしまえば、極限まで自分を追い込んでいた。自転車を使った持久力強化や体幹・腹筋のトレーニングにも力を入れた。11月の日本パラ水泳選手権大会では35秒37をたたきだし、自身の日本記録を更新した。

 精神面に加え、持久力や泳ぎのフォームなど課題を痛感したパラリンピック。「挫折を経験したことで自分に足りなかったことに気づけた。今後の大会では、この経験を生かして自分のできることをやっていきたい」。敗北を力に変え、突き進んでいく。そう語る表情はたくましかった。

 50メートルバタフライには、東京パラ決勝で差を見せつけられた王よりも上の存在がいる。世界新記録の30秒62で金メダルを獲得した中国代表の鄭涛(31)だ。日向は予選で鄭の隣のレーンで泳いだ。「これがイルカの泳ぎだ」。上半身から足先まで動きが連動した滑らかな泳ぎに衝撃を受けた。映像を何度も見返し、自身の泳ぎのフォームに取り入れようと模索している。

 これから、世界とどう戦っていくのか。この種目のトップ選手は20代後半から30代が中心だ。まだ10代半ばの日向は「若い間にもっとタイムを伸ばせる」と自信を見せる。将来のビジョンも長期的だ。28年ロサンゼルス大会でのメダル獲得を見据える中で24年パリ大会では目標タイムを33秒50に設定し、東京大会での7位を上回る順位を狙う。

 少しずつステップを踏んでいく考えだが、その一方で自分の泳ぎへの「強いこだわり」ものぞかせる。「イルカの泳ぎを、パリまでには完成させたい。将来的には鄭選手のタイムを超えたい」。若きスイマーは花の都の水中で、今度こそ自由自在に躍動する日を目指す。

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