飛び込み馬淵、再び世界へ 娘2人の成長に奮起「挑戦する気持ち忘れないで」ママたちへエール

引用元:神戸新聞NEXT
飛び込み馬淵、再び世界へ 娘2人の成長に奮起「挑戦する気持ち忘れないで」ママたちへエール

 飛び込み女子元日本代表で兵庫県宝塚市出身の馬淵優佳(ミキハウス、甲子園学院高-立命館大出)が、出産を経て4年ぶりに現役復帰した。一度引退した後、2人の娘が日々育つ姿を見るうちに「私も一歩踏み出せば成長できるのでは」と突き動かされた。2024年パリ五輪を目指す27歳は、同じく子育て中のママたちへ「何かに挑戦する気持ちを忘れないで」とエールを送る。(藤村有希子)

 3歳で始まった競技人生。本場中国出身で飛び込み選手だった父の崇英さん(58)から、妥協なき指導を受けた。宝塚市立宝塚中3年の09年、東アジア大会3メートル板飛び込みで銅メダルに輝くと、甲子園学院高2年で世界選手権に出場した。

 17年、リオデジャネイロ五輪競泳銅メダリストの瀬戸大也(27)=TEAM DAIYA=と結婚し、現役を引退。2人の子どもに恵まれた。

 だが、解説者として大会を客観的に見るうちに「私の演技はここを変えたらよかった」と考える自分に気付いた。他競技の選手に取材する機会もあり「彼らは目標に向かって自分で決断し、道を切り開いている。果たして私はそうだったか」と自問自答した。

 昨夏の東京五輪が終わった頃、復帰を決断。崇英さんには反対されたが「信頼している父に止められても、心は揺らがなかった」。秋に練習を再開した。

 飛び込む感覚は、まるで自転車に乗るような感じで体に残っていた。育児で家族の協力を得つつ、栃木を拠点にプール練習を週5回、筋力トレーニングを週2回実施。競技力は既に、1度目の現役時と同程度に戻ってきているが、五輪を狙うには「さらにレベルアップしないと」。以前より難易度の高い技を、繰り返し体に覚え込ませている。

 元々「挑戦することにハードルを感じ、勇気が出ない」性格だったという馬淵。まな娘のおかげでその壁を乗り越えた今では、練習メニューを自分で考えるなど、全ての行動が主体的になった。かつての自身とは大きく違う点だ。

 競技に前向きではなかった昔を知る父からは「もうちょっと早く本気出せよ」と冗談めかして言われたが、今では全面的に応援を受ける。オリンピックへの道のりが険しいのは覚悟の上。2児の母は「一日一日を大切にし、後悔のない日々を過ごす。まだまだ世界で戦えるところを、皆さんに見せたい」と意欲にあふれている。

■ 一問一答 ■

 現役復帰した飛び込みの馬淵優佳は大阪府八尾市のミキハウス本社で入社式に出席後、囲み取材に応じ、笑顔で目標を語った。

 -入社の経緯は。

 「(JSS宝塚時代の)大先輩、寺内健選手が所属していて、活動を見てかっこいいなと思っていた。私も1度目の現役時代に『ミキハウスのジャージーを着て出場したい』と感じた。実現して光栄だし、誇り」

 -復帰後の練習は。

 「最初は腹筋が切れたんじゃないかというくらい痛くて、こんなに体に負担のかかる競技なんだと。健君から『年齢が上がるにつれて量よりも質を大事にした方がいいよ』と言われ、体に痛みが出る前に練習をやめる。大きなけがもなく、継続的に練習できている」

 -抱負を。

 「最終的にはパリ(五輪)出場が目標だが、一つ一つ乗り越えなければいけない壁がある。まず今年の日本選手権で、世界で戦えるレベルまでもっていきたい。パリは自分の原動力のすべてが詰まっている舞台。すごく険しい道だが、一日一日を大切に過ごしたい」

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